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赤盤 - THE AKABAN!
ここでは赤盤についてもろもろ書きたいと思います。LPでの紹介が中心となります。
最初は"東京芝浦電気株式会社"が発売したものをご紹介します。これは珍しいかもしれません.. 赤盤の思い出へJUMP

赤盤とは
ビートルズの発売元である東芝が1960年代を中心に赤い素材で着色したレコードを製造しこれを"赤盤"と呼んでいます。
LPはもちろんEP、シングルでも赤盤で発売されていました。
1950年代末に開発したといわれる独自の帯電防止剤を塩化ビニールにコンパウンドし、
静電気によるほこりの付着を少なくする点が機能的な大きな特徴です。
機能に徹するならば着色しなくても良いわけですが、差別化のために赤い材料で製造したといわれています。
国内のビートルズファンには"EVER CLEAN"のロゴでおなじみで、独特の深い赤みをもった
東芝のレコードをこの名前で呼んでいたというわけです。
しかし1978年頃から1986年にかけて赤いレコードで限定発売されたいくつかのタイトルは赤盤とは言わない別物。
レコードスリーブから赤盤であるか判断するにはLPとEPに関しては一部を除きジャケットのどこかしらに
下のような"EVER CLEAN"のロゴがプリントされています。
   

海外では、クリムゾンレッドと呼ばれ、帯び付きのビートルズの美品は
"Scare Japanese CRIMSON RED Vinyl with OBI MINT condition"といった表現ですごく珍重されています。
物によってはUKオリジナル盤よりずっと高い値段で取引されている。

東芝の歴史
赤盤を語る上で製造元の歴史も理解しておきたい。
赤盤の製造元となる東芝は1950年ごろから始まった"東京芝浦電気"(東芝)のレコード事業部がオリジンで
1960年10月1日に独立して"東芝音楽工業株式会社"となった。(当時は100%東芝の子会社)
1973年10月1日に本国EMIの資本参入と同時に"東芝イーエムアイ株式会社"に商号変更を実施。
1994年に至っては、資本比率がCapitol-EMI Music,Inc. 55%, (株)東芝45%になり、EMIの子会社となっている。

赤盤の製造期間
赤盤の製造が始まったのは1958年ごろと言われているが、これははっきりしない..
ただ言えるのは、1960年代は音楽のジャンルを問わず、赤盤が製造されていたようだ。
たとえば民謡、歌謡曲、ポピュラー、ロック、イージーリスニング、フォーク、クラッシック音楽など。
このため特にビートルズ専用の限定版ではなく、ごく普通に製造されていたと思います。
ビートルズなどは黒盤の方が珍しいとされ、プレス枚数やビートルズに限らず全てのタイトルに赤盤が存在したかは不明である。
また諸先輩方にお聞きすると、高音が減衰しオーディオ的に音が良くないことから
わざわざ黒盤を購入していた方もいたそうだ。
1960年代は当たり前のようにあった赤盤だが1970年頃から極端に減っていく。
このことは1970年以降にEMIの資本参入が決まってからコスト削減等の合理化のためか?
ついに1973年末から全く見かけなくなった..
僕が知っている最後の赤盤は1973年5月発売のジョージハリソンのシングル"GIVE ME LOVE"。

※LPでは1972年発売の"WINGS WILD LIFE"、シングルでは1974年発売のジョンの"MIND GAMES"にも赤盤があるらしい。
(情報提供:MASAさん 2005/03/14)

"1960 issued TOKYO SHIBAURA ELECTRIC CO. LTD., THE AKABAN"
写真は最初期と思われる、東京芝浦電気が製造した赤盤です。
どす黒い赤色なのに透明感がある独特な色合いだった。

enlarge(1600×1200)
"1986 issued TOSHIBA EMI LTD. RED Vinyl"
写真は1986年に発売されたUKカッティング仕様のモノラルミックス盤。東芝EMI製です。
色が付いているだけで帯電防止剤は混入されていない。色も明るいクリアー。

enlarge(1600×1200)

「赤盤の思い出」
たまち

僕の場合、世代的に赤盤の全盛時期は全く知らない。ビートルズを聴き始めたのが1971年末頃なので
当時購入したレコードはほとんどが黒盤であった。
唯一、手に入れた"ステレオこれがビートルズだ VOL1."、"ステレオこれがビートルズだ VOL2."がアップル盤ながら
唯一の赤盤だったがそれも友人に貸したまま行方不明になってしまった。
当時、中学生だった僕は赤盤の存在を知らず、手にしたとき他のLPより幾分重量があり、やけに赤っぽい色がしているのに
気づいてレコードを照明にかざして眺めていたのを思い出だします..残念!

諸先輩方の当時はいかがでしたでしょうか?

PARLOPHONE(遼)さん
中学に入ると、吹奏楽部の耳の肥えた連中が、「赤盤は音が悪い、クラシックのレコードはロンドンが音がいい」
などというものですから、ビートルズのシングル盤もわざわざ黒い盤を探して買ってました(笑)

MASAさん
当時赤盤は黒盤より音が悪いというのは一部で言われていましたが、
私の場合はやっぱりあのキレイな色に魅せられて、赤盤をわざわざ探して買っていましたね。
ただ、私がビートルズを集めるようになった70年代はじめには赤盤は少なくなっていてなかなか巡り合えませんでした。
それでも根気よく探せば比較的楽に手に入りました。見つけた時は「やりぃ〜!」という感じでした(笑)。
ただ、私は当時から輸入盤中心で集めていたもので、赤盤は少ないです。
結局新品で買えた赤盤はCapitol編集の「SECOND ALBUM」、すでにアップル・レーベルになっていた
「レディ・マドンナ」のシングル、ウィングスの「マイ・ラブ」のシングルくらいで、
それ以外は後から中古で買ったものばかりです。

ビートルズ発売前の赤盤
ビートルズ国内デビュー前、LPでいうと1964年4月5日に発売された
アルバム"MEET THE BEATLES!"以前に発売された赤盤をご紹介します。


"SECRET LOVE" 1960年頃発売
東京芝浦電気レコード事業部時代に発売されたLP。作者はロジャーウイリアムズ。
内容的にはイージーリスニングでリチャードクレーダーマンと同じようなもの思っていただくとわかりやすい。

"SECRET LOVE front sleeve"
薄手のスリーブでコーティングはない。

"Back sleeve"
おなじみの上下折り返しつきスリーブ。
このライナーノーツ入りの基本レイアウトは1970年頃まで引き継がれている。

東京芝浦電気の製造クレジットがある米国"KAPP"レーベル。

パラフィン製オリジナルのインナースリーブは残念ながら一部破けて消失。

"Record A side"
40年以上前のステレオLPですが、音もしっかり出ていてあらためてアナログ盤の良さが実感できる。

東京芝浦電気のロゴ
東京芝浦電気が製造したレコードのロゴなど.
"東京芝浦電気株式会社"
これはインナーにプリントされています。
スリーブ裏面にもプリントされています。
この古めかしい書体が何ともノスタルジック
EVER CLEANの効能
当時は帯電防止効果の従来製品との比較写真もインナーにプリントされていました。
たばこの灰による実験写真など。これは説得力がありますね。

EVER CLEANのロゴ
このロゴはビートルズファンにもおなじみ。特に登録商標というわけではないようです。

東京芝浦電気が当時扱っていたレーベル。おなじみのCapitolはありますがOdeonはプリントされていません。
Odeonレーベルはビートルズ以前にこのレコードが発売された当時の1960年ではすでに
クリフリチャードやシャドウズで使用されていたそうです。(情報提供:MASAさん)

竹ひご付きのインナースリーブ。
スリーブの背側内部に補強のため内部を竹ひごで接着している。
ビートルズのものはセロテープでとめられているがペラジャケゆえの最良の方法か?
竹ひごの取り付けはスリーブ製造時に手で作業を行ったに違いありません...
竹ひごを取り出したところ。
この竹ひごは玩具メーカーから仕入れたのであろうか(笑)

"ANOTHER SMASH" VENTURES 1962年頃発売
東京芝浦電気から東芝音楽工業になって2年後に発売されたベンチャーズのアルバムで曲はあまり好みませんが(笑)
ジャケットデザインがなかなかいかしてます。ビートルズと同じコーティング仕様のスリーブです。
"Front sleeve"
"Back sleeve"
まだステレオLPが1,500円でした。
折り返し部分にUK盤と同じようにパテント表記があります! しかもエンボス加工になっています..

"Record & Inner sleeve"
Capitol系列のリバティレーベル。インナーは"MEET THE BEATLES"でも使用された
ふたつきのパラフィン紙のホワイトプレーンタイプ。

"EVER CLEAN logo"
次回はもろもろの赤盤をご紹介します。

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